Research Interests
- レーザー冷却された単一原子配列の高度な量子制御
- 光ピンセット中の極低温原子配列と量子縮退気体のハイブリッド系
- 冷却Rydberg原子を用いた大規模・多体量子もつれ状態の生成と測定手法の開発
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reference: Science 360, pp.1429-1434 (2018), etc.
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reference: Nature Physics 7, pp. 642-648 (2011), etc.
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reference: Phys. Rev. Lett. 131, pp. 123201 1-5 (2023), etc.
Research Overview
プログラム可能な量子シミュレータ ・量子プラットフォーム
ほぼ絶対零度まで冷却した原子気体を光格子や光ピンセットによって捕捉し、量子エンジニアリングすることで、多数の量子力学的な粒子が相互作用することで創発する量子力学的な物理現象を、リチャード・P・ファインマンによって提唱された量子シミュレーション(下記参照)と呼ばれる手法によって実験的に探究することを目指しています。
私たちは、単一サイト/単一原子レベルでの量子制御技術を開発・駆使し、冷却原子系ならでは手法によって量子多体現象の根源的な理解を目指しています。
特に、平衡状態・非平衡状態における多体状態の量子もつれや量子相関を実験的に測定するアプローチに興味を持っています。また、サイエンティフィックな側面だけでなく、冷却原子の非常に高い制御性を生かした応用可能性も興味を持っています。
量子シミュレーションとは
量子力学的な性質を生かした量子材料の理解や量子デバイスの極限的なデザインは「21世紀最大の挑戦」の一つです。材料、エネルギー分野でのイノベーションを実現するだけでなく、新たな価値を社会や産業において創造することが期待されています。しかしながら、一般には、多数の量子力学的な粒子が相互作用し合う多体問題であり、ヒルベルト空間が粒子数に対して指数関数的に増大するため、“古典”コンピュータでデザインしたり、予測したりすることは非常に難しいことが知られています。
この問題にいち早く気づき、重要な指摘したのが、かのリチャード・P・ファインマンです。彼は1982年に量子シミュレーションという考え方を提唱しました。量子シミュレーションとは、制御性の良い量子系を用いて、ターゲットとする別の量子系を実験的にシミュレートすることを言います。私たちは通常、自然現象(物理系)をモデル化し、振る舞いを比較することで法則や知見を得ていますが、一般的には物理モデルから多体系の振る舞いを精度良く予測することは容易ではありません。
例えば、メカニズムが未だ明らかになっていない銅酸化物高温超伝導体は、強相関系で重要なフェルミ・ハバード模型で記述できると考えられていますが、このハバード模型はスーパーコンピューターの性能をもってもしても数値的に解くことは難しいことが知られています。さらに、実際の材料では不純物・格子欠陥等の影響を受けるため、メカニズムの本質に辿り着くことを困難にしています。
クリーンで高い制御性を有する、量子力学の原理で動く装置(量子多体系)を作り、多様なパラメータを精緻に制御することで実験的に「解く」ことができれば、未解明・未知の量子現象のメカニズムに対して知見を得ることができるはずです。
冷却原子気体
近年、上記の量子シミュレータなど、量子テクノロジーに有用なプラットフォームがいくつも現れ、ハードウェアの開発競争が起きています。私たちは、その中のひとつである冷却原子と呼ばれる、レーザー冷却によって生成された超高真空中の極低温・中性原子気体を用いて研究をしています。マイクロ・ケルビンからナノ・ケルビンの超低温の冷却原子気体は、(1)クリーンかつ孤立量子系と見なせ、(2)秒オーダーにも及ぶ長いコヒーレンス時間と(3)非常に高い量子制御性を有しています。運動自由度や原子の内部状態を巧みに生かし、量子系をエンジニアリングすることで、多様かつ極限的な量子現象を探求可能である、という特徴があります。
量子制御技術
冷却原子を扱う上で欠かせないのが、超高真空中の原子をトラップ(捕捉)する技術です。そもそもトラップしなければ、真空槽の中に原子を留めておくことができないからです。特に、量子シミュレーションでは、光格子(optical lattice)や光ピンセット(optical tweezer)と呼ばれる原子を捕捉し、配列する手法が非常に重要です。どちらも光双極子力によって光強度の極大点(もしくは極小点)に原子を捕獲します。光格子は対向するレーザーによって形成された定在波による周期ポテンシャルで、固体中の電子のように原子を周期結晶構造中に捕捉できます。一方で、光ピンセットは対物レンズによって強く集光させたレーザー光のスポットに原子を捕獲する手法で、スポット(集光点)の数や位置を制御することで、任意の配列を作ったり、動的に個別原子を動かしたりできます。さらに、2次元の原子配列は、顕微技術によって、単一原子レベルでイメージングすることができます。原子の内部状態を周波数安定化されたレーザー光源やマイクロ波などの電磁波を駆使して、コヒーレントに制御することも重要な基盤技術です。内部状態をスピン状態(↑、↓)や量子ビットの|0>, |1>状態にマッピングすることで、単一原子を擬スピンや量子ビットとして用いることができます。冷却原子は、量子(波)としての性質を保持したまま、運動状態や電子状態をそれぞれ高い精度でコヒーレントに制御することができる点に面白さがあります。
量子多体現象・量子ダイナミクスの探求
2原子の間には、原子種や電子状態によって、ファンデルワールス相互作用、磁気双極子相互作用が働き、これに起因する多体現象が起きます。私たちは、多数の冷却原子集団が織りなす量子現象・量子ダイナミクスを、極限的に量子制御された冷却原子気体を用いた量子シミュレータを開発することで、、実験的に探求することを目指しています。これまで、強相関電子系で重要なハバード模型や量子スピン系を実装して、新奇量子相を実現したり、多体スピン・ダイナミクスを探求したりしてきました。さらに、このアプローチを幅広い未知・未解明の量子現象に拡張しようと研究を進めています。